慢性腎臓病(CKD)は年々患者数が増えており、日本には約1300万人もの患者がいるとされています。原因は糖尿病や高血圧、加齢などで、今後さらに増えることが心配されています。CKDは腎不全だけでなく、心臓病や脳卒中、認知症のリスクも高め、私たちの健康寿命に大きく影響します。病気の治療効果などを調べるには「RCT(ランダム化比較試験)」という研究方法が最も信頼できるとされています。ただし、RCTは実施に多くの時間と費用がかかるため、すべての疑問にすぐ答えるのは難しいのが現実です。そこで最近注目されているのが、実際の診療現場で得られる「リアルワールドデータ(RWD)」を使った研究です。これは日常診療で記録された情報を活用し、より早く、現実に即した形で研究を進めることができます。
こうした背景から、日本腎臓学会は、病気の実態を正しく把握し、より良い治療や予防に活かすため、全国の電子カルテの情報を活用した大規模なデータベース(J-CKD-DB)を作りました。これにより、より多くの人が適切な医療を受けられるようになることが期待されています。
我々はこのデータベースを用いて診療実態の「見える化」を試みた。全国の外来で診療を受けている慢性腎臓病(CKD)患者3万9,121人を対象に、腎機能や尿タンパクの状態を調べました。患者の平均年齢は71歳で、高齢の方が多く、日本の高齢社会の現状をよく反映しています。腎機能の状態を示す「Gグレード」では、多くの方が中等度の腎機能低下(G3aまたはG3b)に該当していました。また、約半数の患者に尿タンパクの検査が行われ、そのうち34.5%が重度の尿タンパクを認めました。特に男性では、女性よりも重度の尿タンパクが多い傾向がありました。さらに、国際的な基準(KDIGO)に基づくリスク分類では、全体の約3割が「超高リスク」に分類されており、病気の進行や合併症のリスクが高いことがわかっています。
加えて、腎臓病に伴う「腎性貧血」も調査されました。腎機能が悪化するほど貧血の割合が高くなり、G5の患者では約6割に貧血が見られました。高齢者、女性、栄養状態が悪い人、体内の炎症がある人なども貧血のリスクが高いことが明らかになっています。
「リアルワールドデータ(RWD)」を使った研究によるエビデンスをリアルワールドエビデンスと言います。最近の研究で、糖尿病に伴う腎臓の病気(糖尿病性腎臓病)や慢性腎臓病の患者さんに対して、「SGLT2阻害薬」という薬が効果的であることが分かってきました。しかし、これまでの臨床試験(RCT)では、たんぱく尿が出ている患者さんだけが対象だったため、たんぱく尿がない人にこの薬が効くかはよくわかっていませんでした。また、腎機能が急に悪化する人(Rapid decliner)への効果も不明でした。
そこで私たちは、日本全国の慢性腎臓病患者のデータを集めた「J-CKD-DB-Ex」という仕組みを使って、より現実に近いかたちでこの薬の効果を調べました。2014年から2018年までに集めた15万人近い患者さんの中から、SGLT2阻害薬を使い始めた人と、他の糖尿病の薬を使い始めた人を比べたところ、SGLT2阻害薬を使った人のほうが、腎機能の悪化を大きく抑えられていることが分かりました。しかも、たんぱく尿の有無に関係なく効果がありました。この研究結果から、SGLT2阻害薬が日本の多くの患者さんにとって有用な薬であることを示すことができました。
腎臓病になる人は年々増えており、日本では約34万人が人工透析を受けています。その中には「指定難病」とされる特別な病気も含まれており、特に多いのはIgA腎症というタイプの慢性腎炎です。これに加え、多発性のう胞腎や急速に進行する腎炎なども見られます。
こうした難治性の腎臓病に対して、国(厚生労働省)は専門家チームを立ち上げ、科学的な根拠に基づいた治療の手引き(ガイドライン)を作成しています。これらの病気は患者の数が少なく、従来の大規模な臨床試験(RCT)を行うのが難しいのが課題でした。
そこでJ-CKD-DB-Exを用いることで、新しい治療法のヒントを得たり、診療の質を高めることが可能になりました。たとえば、IgA腎症ではこれまで重視されてこなかった「血尿」が、将来のリスクと関係している可能性があることがわかってきました。また、ファブリー病という希少な病気では、標準的な治療を受けている人が半分しかいないことも判明しました。こうした取り組みにより、希少で治りにくい腎臓病への理解と治療の進歩が期待されています。